ウェディングケーキ 作・中野 守(中野劇団) 登場人物  新郎  祖父    披露宴開始前の宴会場外のロビー。赤い顔をした祖父の前を焦っ    た様子の新郎が通りかかる。 祖父  おお、タク! よう似合うとるやないか。死んだおまえの爺     ちゃんそっくりやの。 新郎  いや、爺ちゃんあんたやから。もう、始まるから中入ってて。 祖父  どした? 慌てて。もっと落ち着け。 新郎  それが、ちょっとえらいことになってもうて。 祖父  何かあったんか。 新郎  いや、ちょっと。 祖父  ええから話してみ。話してみええからええから。 新郎  えっと。 祖父  まさか、タクのお母さんの時みたいに、お嫁さん、誰の子かわ     からん子妊娠してたとかか? 新郎  いやいや。ええ? 何でそんな衝撃的事実ポロって言うん? 祖父  違うんか。ほな、お嫁さん逃げたんか? 新郎  それで、俺が生まれたん? 祖父  お父さんには言うなよ。 新郎  おとん知らんの? 祖父  その話はええから、何がどないしてん。 新郎  全然よくないって。 祖父  ええから。何があってん。 新郎  ウエディングケーキがないねん。 祖父  …誰か食べたんか。 新郎  いや、何か連絡の行きちがいで、最初から用意されてなかった     みたいで。 祖父  それおまえ、最初から用意されてなかったんちゃうんか。 新郎  そない言うたよ。 祖父  そらおまえ、ウエディングケーキのない結婚式なんか、まる     で、おまえ、それ。ごめん、出てこんかった。 新郎  こっちで何とかするから、爺ちゃん席に戻ってて。 祖父  そない言われても、儂、気になって寝られへんがな。 新郎  起きててよ。孫の晴れ舞台やのに。 祖父  まあでも、最初の共同作業はとっくに済ませとんねやろ? 新郎  いや、そういうもんでもないんで。 祖父  とりあえず生クリーム買ってこさせよ。 新郎  え? それは一体…。 祖父  ウェディングケーキ言うたら生クリームやがな。会場におるみ     んなでホイップすれば何とかなるやろ。 新郎  お客さんにそんなこと頼めへんから。 祖父  タク、みんなおまえのために集まってくれとんねん。ちゃんと     説明したらみんな快くホイップしてくれるわい。 新郎  無理やって。それに、生クリームだけあってもしゃーないし。 祖父  生クリームだけあってもしゃーないよ。しゃーないけど、生ク     リームなかったら始まらんがな。 新郎  いや、ちょっと言うてることが。 祖父  部屋真っ暗になってる間に生クリームばーって床に広げて、電     気つけて、すんません、みんなの熱気でケーキ溶けましたって     言うたらどないや。わかってくれる人にはわかってもらえるや     ろ。 新郎  いやもう、何て答えたらええんか。 祖父  二人で掃除機持って吸い取って、ほらもう、これって初めての     共同作業ちゃうかな。 新郎  今からケーキ調達できるとこって知らんよね。 祖父  …ドンキは? 聞いてみたんか? 新郎  いや…。 祖父  あそこ何でもあるで。 新郎  てか、ホンマ何とかするから、爺ちゃんもう席に…。 祖父  儂が何とかしてやりたいってこの気持ちを汲みとったらどない     やねん。 新郎  どないやねんって言われても。 祖父  生やなくてもええか? 新郎  え? 何が? 祖父  クリームや。生やなくてもええか? 新郎  いや、ケーキやったら何でも。 祖父  何でもええってどういう意味や。ホンマ何でもええんか? 新郎  え? いや、あの…。 祖父  タク、おま、みんなの前でこんなちっこいモンブラン切って     み。後ろの方まで見えへんがな。会場ざわざわってなるで。あ     れ、もしかしてモンブランちゃう? ってざわざわってなる     で。おっきいモンブランなんかそれはそれで気持ち悪いがな。     大昔の昆虫かな思うで。思わんわ。それは思わんわ。 新郎  爺ちゃん、どんだけ飲んだんよ。 祖父  披露宴まであと何分あるんや。 新郎  もうあんま時間ない。 祖父  ほなあれや、取り敢えずこのまま披露宴やってやな。後でケー     キだけ別撮りで合成したらどないや。 新郎  そんな斬新なアイデア出されても。 祖父  取り敢えず、飲み。落ち着くから。な。な。な。 新郎  いやでも、俺、飲んだら披露宴ぐだぐだになってまうから。 祖父  タクは下戸か。ほな誰かに新郎頼んで、タクはケーキ探しに     行っといで。 新郎  何かもう。 祖父  自分で探さな、気に入らんかったりするやろ。 新郎  新郎の代わりなんか誰にもさせられへんよ。爺ちゃん、ホンマ     始まるから中に…。 祖父  そや! 新郎  ? 祖父  披露宴って、大体他の組と時間ずれて始まるがな。先に終わっ     たとこのがなんぼか残ってるやろ。残りもん集めたらウェディ     ングケーキ一個分くらいにはなるやろ。 新郎  今日、俺らの披露宴しかないねん。 祖父  ええ? 聞いてないぞ。 新郎  別に爺ちゃんに言わなあかんことでもないから。 祖父  景気の悪い式場やな。そんな景気に入刀でどや。 新郎  どやって言われても。アホかとしか…。ホンマ爺ちゃんええか     ら…。 祖父  延期しよ。 新郎  は? 祖父  披露宴、延期しよ。 新郎  延期なんかできへんよ。結婚式もやってもうてるのに。 祖父  んなもんケーキなかったら延期や。儂ら親族何しに来たと思う     てんねん。 新郎  何しに来たんよ。もう、ケーキなしでいくから。 祖父  何やそれ。自分で決めるんやったら、何で儂に相談するねん。     儂ぁ黙って聞くだけか。儂ぁ一休さんとこのてるてる坊主か。 新郎  ごめん、もう大丈夫やから。もうええから早く中に入ってて。 祖父  あかん。吐くわ。吐き倒すわ。    祖父、えずきながら宴会場へ入ろうとする。 新郎  ちょちょちょ爺ちゃん! 祖父  な、何や。入れ言うたがな。 新郎  爺ちゃん、吐くやろ。 祖父  吐かへん吐かへん。 新郎  中で絶対吐かんとってよ。 祖父  吐かへんて。タク、おまえ、次やる時は絶対ケーキ用意しとけ     よ。    祖父、宴会場へ。 新郎  …不謹慎なこと言うなよ。    終わり。